■■■■今回は(少し)真面目な話をさせていただきます。■■■■
経済的な原因によって大学進学が困難な人を支援する制度の1つに
奨学金制度があります。奨学とは文字どおり学問を奨励することです。
学問を奨励するための金銭だから「奨学金」というわけです。しかし
奨学金は客観的事実として金銭を借りることですから「借金」である
ことも間違いありません。
では、借金をして進学してはダメなのでしょうか。ギャンブルや
遊興費のために借金することを私たちはイメージしやすいかもしれま
せんが、事業のための資金や住宅ローンは実質的に借金ですけれども
銀行では「借入(かりいれ)」と言って、借金と区別します。
また、司法改革の一環として導入された法科大学院の制度でも当初
は司法試験合格者を高めに設定することを周知し、カネで法曹資格を
買えるという流れが出来てしまったためか、学費を借入して進学し、
法曹界へ参入していった人々もいらっしゃいました。
形式的に言えば、奨学金は借入金であり、借金ではないと考えます。
ところで、経済的な原因で大学進学が困難になる状況は客観的事実
として親の資力によるところが大いにあります。親として情けないと
弱音を吐露した呑み仲間の一縷の涙が、私には鮮明な記憶として残って
います(親戚の子どもの大学進学の際に連帯保証人になっていたこと
が原因だったので、Aが悪かったわけではないのですが)。しかし、
見方を変えてみると、奨学金制度を活用すれば大学へ進学できる道を
親が用意できたのであれば、それは精一杯に頑張ってきたご褒美である
とも言える、考えます。
大学全入時代と言われて久しいですけれども、私よりもずっと前の
日本社会では大学へ進学できるのは一握りの裕福な子どもだけ、更に
言えば女性が進学するのは珍しい時代もあったわけです。そして現在
でも海外の国々へ目を向ければ小学校にさえ行けない人々だって多く
いるわけです。非常に有意義な制度を現在の日本社会はもっています。
しかし全員が全員この制度を活用できるわけではないことも事実です。
子どもに奨学金制度を利用させることが親として情けないことでは
決してありません。利用させてあげられるだけ自分たちが精一杯やっ
てきたことの証明であると考えます。
以上のように整理してみると、奨学金で進学して何がいけないのか
という思いが込み上げてきます。実際私は大学院進学に際して奨学金
制度を利用して借入ました。お陰様で、様々な学びを体験し、今日の
自分を獲得できました。奨学金制度の活用は、自分に対する投資であ
り、親の子離(ばな)れするための機会であると私は考えます。
奨学金を借りて進学することの何がダメ=いけないのでしょうか。
PS:
一教員として、一人ひとりの学生が、投資に見合う成果・果実を
得られるように、一期一会を大切に、今後も学生に接して参ります。
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