競業避止義務(きょうぎょうひしぎむ)とは、労働者が働いていたり、働いていた会社のライバル会社等に転職したり、自分で起業したりするような行為を禁止するために課される義務のことです。例えば、入社時に説明を受ける(はずの)就業規則や誓約書に記載されている(はずの)所謂「競業禁止特約」が根拠となります。そして、当該義務違反が確認される場合、損害賠償を請求されたり、退職金の支払いを拒否されたり、競業行為の差し止めを裁判所に請求されたりする可能性があります。
この義務が私たちの社会において承認される主な理由としては、既存の会社の存続にかかわるからです。自社の秘密やノウハウが漏洩することによって売り上げが減る等の影響を生じるかもしれないことは明らかでしょう。一方、転職する労働者の立場に立てば、退職後の職業の選択を制約されるわけですから、現行憲法が言明する職業選択の自由の侵害になるのではないかとの不満を抱くことも明らかでしょう。ゆえに、時々ニュースで会社と労働者の間で当該義務の有効性を争う裁判が報道されるわけです。
実際に問題の義務の有効性を判断するのは法廷の場で、ということになります。このコラムではその目安的なものを紹介し、皆さんに「法」に対する関心を喚起したいと思います。
目安となる3つの項目
考慮される項目としては、主に次の3つが説示されてきました。
第1に、「保護すべき会社の利益の有無」です。保護すべき法的利益(法益)がないのであれば、無用の義務を退職する労働者に課すわけですから、理不尽ですよね?
第2に、当該義務の「存続する期間」です。前述したように、当該義務は職業選択の自由を制約するわけですから、半永久的に存続させることは憲法条文を絵に描いた餅にしてしまいますよね?
第3に、「代替措置の有無」です。これも直前の理由から敷衍(ふえん)して、他人の自由を制約するのですから、制約する代わり=見返りを提供しなければ公平とは言いにくいですよね?
もちろん、これら3つしか考慮されないのではありません。判例研究をつうじて様々な項目や判断基準が示されていますので、ぜひ調べてみましょう。
例えば、従業員として働いていた労働者が退職した場合について、競業避止義務はどんな風に登場するのでしょうか。
この点について、一般には取締役のような企業の重要情報に接することがあまりないと想定されること、そして退職した後の「競業避止義務」は職業を従業員が選択する自由を制限するため、否定されると一般的に考えられています。ゆえに、退職後も退職者に対して競業避止義務を課したい会社側としては、「競業避止特約」を締結したり、就業規則に「競業避止規定」を書き込んだりする先手を打ってくるわけです。なお、その内容が世間的に見て<やりすぎ>であれば公序良俗に反するとして反発を招くでしょうから、会社の法務部門は、内容や表現について匙(さじ)加減を加えた文面にするはずです。
一方、退職する労働者が、次の仕事に従事するにあたって以前の知識や経験を活かしたいと考えることも当たり前のことです。そのため、「職業選択の自由」を梃子にしてその無効を確認すべく交渉することになります。このとき、前の会社側が、同業他社に従業員が転職したり、同業の会社を起業したりすることによってその会社でマスターした顧客情報やノウハウなどの営業秘密などを使われることによって著しく会社の利益が損なわれるリスクを認識すると、いわばケンカに発展するわけです。
要するに、競業避止義務の有効性を争うということは、会社のリスクと労働者のリスクのどちらを救済するのかであり、前者を救済するのであれば「公序良俗」に反しないとして競業避止義務を有効とする結論を導き、後者を救済するのであれば「公序良俗」に反するとしたり、職業選択の自由を侵害するとしたりして当該義務を無効とする結論を導くことになります。
「法」を学ぶ意義
さらに、結論を導くうえで重要になるのが、その後の社会的影響です。公序良俗違反という論理によって導くのであれば、その問題とされた具体的な表現などを回避することで影響を最小限に抑えられるでしょう。一方、職業選択の自由の侵害という論理によって導くのであれば、その自由の対象や法益を再整理し影響が及びそうな既存の部分を修正する作業を負わせることになりますから、その社会的影響は大きくなると思料します。言い換えれば、転職したい労働者にとって転職しやすくなる環境が用意されるわけです。
以上のように、「法」は、その一挙手一投足が社会に対して大なり小なりの影響を及ぼします。そのために、社会的に注目される裁判はニュースになるわけです。私たちはニュースで勝訴、敗訴という結論を見聞するだけで終わることも少なくありませんが、実は、重要なことは導かれた結論なのではなく、<どんな論理で>導かれた結論なのか、なのです。そして、この視点を少しでも学んでおくと、社会人になったときに「法」が自分を守ってくれる可能性を高めることになると私は考えます。
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